回転寿司のレシート、2皿・210円也
え、なんだろう、これ…
過労のために10日間ほど緊急入院した
女性が、退院後自宅に戻って荷物を整理して
いると、洗濯物を詰めこんだレジ袋の中から
一枚の意味不明なレシートを見つけた。
「回転寿司のレシート、2皿、210円???」
地方から東京のイベント企画会社に就職して
約10年、彼女は毎日激務に追われていた。
また、この数年は景気に悪化に伴って人員も
削減され、残ったスタッフだけで以前と同じ
内容の仕事をこなさなければならなかった。
そして、そんな昼夜逆転の生活を続けていく
うちに、とうとう彼女の体が悲鳴を上げた。
救急病院に担ぎ込まれた彼女を急性胃炎と
診断した医師は彼女に「即入院」をつげた。
「この日付って、入院した次の日だな… 」
東京でひとり暮らしする女性にとって、
いざという時に頼れるのはやはり実家の
両親でしかなかった。しかし、こんな事態で
男親はそれほど頼れる存在にはならず、
そうなると当然彼女は母親に無理を頼む
しかなかった。しかし、彼女の母親は
ずっと専業主婦を続けてきた人でそれほど
行動力があるわけでもなく、このような
状況下で、地方からひとり上京してきて娘の
付き添いをするのには少々無理があった。
しかし、連絡を受けた女性の母親は、
入院した翌日には始発の新幹線を乗り継いで、
午前中には彼女が入院する病院まで駆けつけた。
そして、彼女が住むアパートの鍵を受け取ると、
数時間後には必要なものをそろえて戻ってきた。
もちろん、足りないものはすべて買い揃えて。
だが、実家でも祖母が健在のため母親もそれほど
長く家を空けるわけにはいかず、次の日、病院で
彼女の容態が落ち着いたのを見届けた母親は、
担当医師への挨拶もそこそこに済ますと、
せわしなく実家に帰っていった。
さて、女性は再びレシートの詳細を見る。
すると、そこには頼んだメニューが
「 イカ、海老 」と、あり、そして、
時刻はちょうど女性の母親が必要なものを
そろえている頃で、また、その店舗は
入院した病院のすぐ近くだった。
「 そうか、お母さん、ひとりで回転寿司屋に
入ったんだ… 」
女性は思った。彼女の母親はアパートを往復
しながら必要なものを揃える途中、少しでも
何か食べないと体力を落とすことを懸念して、
そこで、もっとも時間をかけずに効率よく
何かを口にするために、ひとりで回転寿司店に
立ち寄った、のだと。
また、女性はこうも思った。
平日の午後に初老の女性が、ひとりで
回転寿司店に足を踏み入れることが
どんなに勇気のいることか、も。
もちろん、これはあくまでも女性の
推測であって真実がどうかはわからない。
だが、女性はそのことを母親に聞く
つもりなどなかったし、実際のところ、
本当はどうなのかなんてどうでもよかった。
「 今度の連休、帰ろうかな… 」
レシートを手にしながら、女性は
ひとことつぶやいた。
