「◆◆さん、やばいよ、これ、桁ひとつ間違えてる」
「えっ、本当ですか、申しわけありません、 」
次の訪問先へ移動途中、つい、さっき見積もりを
送ったばかりのクライアントから携帯に電話があった
「こんなの通したら、おたくの会社、つぶれるよ。
まったく、気がついたのが僕だったからいいけど… 」
「すみません、至急、再提出しますので、 」
「うんうん、わかった。じゃ、30分以内ね 」
「承知しました… 」
そうして男は、さっそく再見積もりの作業を
するための場所を探した。
ところで、最近は外出先でのネット回線環境も
充実しており、もちろんモバイルパソコンの
性能も申し分ないので、このように緊急で作業を
行わねばならないときでも、どこかのカフェに
飛び込めば大体の用事は処理できる。
「ホント、便利になったな… 」
男は、すぐに道路沿いにマクドナルドの
店舗を見つけ、そして中に入ろうとした時、
ちょうど入り口あたりで小銭入れが落ちて
いるのを見つけた。
「あっ、 」
男はその小銭入れを拾い上げて中を見る。
すると、その中には数枚の小銭と、何枚かの
クレジットカードが入っていた。
〈 あーあ、こんなところでジョーカー
引いちまった。まったく、急いでいる時に
限ってこんなの見つけちゃうんだな… 〉
男は瞬間、その小銭入れをその場所に
放置したくなったが、そんなことをしても何の
解決策にもならないのはわかっているので、
仕方なく、店舗に入って近くの交番の場所を聞いた。
「いらっしゃいませ! 」
「あの、ちょっとごめん。そこで財布拾ったんで、
近くに交番は… 」
「えっ、 あのっ、 」
対応してくれた店員の女の子は、予期せぬことを
聞かれてちょっとパニくっている。
その、少女独特の、顔を紅潮させながらの
一生懸命さが「けなげ」でかわいい。
「じゃあ、また来るね」
そうして男は、近くの交番で小銭入れを
まるで投げつけるように届け出ると、
急いで再びさっきの店舗へ戻った。
注文カウンターは2ヶ所開いており、
片方はさっきの女の子だ。
男は、列の最後にならび、ほどなくして、
偶然さっきの女の子がいるカウンターに
で注文をした。
「あっ、さっきの! 」
「うん、行ってきた。さっきはありがとうね。
それで、ホットコーヒーのMサイズを。
それと、トレーもいらない 」
「ミルクと砂糖はどうなされますか? 」
「それもいらない」
「はい、わかりました。では、
店内でお召し上がりですか? 」
「うん、そう 」
「それでしたら、コーヒーのおかわりは自由ですので、
Sサイズはいかがですか? 」
「えっ、 あ、ありがとう。じゃ… Sで 」
「かしこまりました 」
男は、肝心の再見積もりをさっさと
作り直すと、相手先のクライアントへ
メールに添付して再提出した。
そうして、コーヒーをおかわりすることも
なく、また、さっきの女の子と目が合う
ことも店舗を出た。
次の訪問先に向かいながら男は思う。
〈 あー、やられた。
あんな接客マニュアルもあるんだな…
でも、あの子、すごくかわいかった。
まったく、おじさん、『君の瞳に完敗』です 〉
